「そうそう、このあいだサンチャゴ巡礼に行ってきたんですよ」
ニコリノさんはそのときのことを話しはじめた。
「確かに、毎日歩き続けるのはたいへんでした。最初は足が痛くてあまり進めなかった。でも、だんだんコツがつかめてきて、慣れるんですよ」
「写真はたくさん撮ったの?」
「もちろん。そうだ、夕食の前にちょっと家に寄りませんか?」
夕食はみんなで中華街へ繰り出すことになっていたが、わたしたちは、その前にニコリノさんのアパートに寄っていくことにした。アパートは、彼が洗礼を受けたグレゴリオ教会とドゥオーモを一本の線で結んだちょうどまんなかにあった。洗礼を受ける前、しかもちょうど復活祭のときに、ニコリノさんははじめてそれに気づき、地図で確かめたのだった。
「マリアの護衛になった気分かなあ」
「おお、これですね」
チノケンさんとマサさんは、しばらくのあいだ写真を眺めていた。
チノケンさんは、そう言ってなにかを考えこんでいた。
「僕は、仏教画のようなものを感じますね。高いところで東洋と西洋が交差しているとでも言いましょうか」
そう言ったのはマサさんだ。それから、わたしたちは、マドニーナの写真の前のソファに腰をかけ、サンチャゴ巡礼の分厚いアルバムを紐解いた。そうして、その写真を一枚ずつめくっていると、そこにある自然のひとこまひとこまにはニコリノさんのこころの聖域が映し出されているかのようだった。
「これに詩を添えようと思うんだけど、イタリア語と英語にも訳したいんですよ。なかなか難しそうだけど」
「いいんじゃないかな。やってみれば?」
ミラノの中華街には、ほかの場所では感じられない活気があった。通りにたむろするひとびとや店のなかを走り回る子どもたち。独特の空間感覚とでもいうのだろうか、家のなかと外のあいだに、はっきりとした境がないような気がした。わたしたちは、ウェン・チェンというレストランで食事をした後、チャイナ・タウンのナイトスポットへと場所を移した。

「あの店ですよ」
マサさんが指差した先には赤々とネオンが点いていた。なかに入ってみるとリクライニング式の長椅子が数台並んでおり、男性がふたり横になっている。ニコリノさんとわたしが先に案内され、並んで椅子に座った。すると、女の子がふたり、バケツを提げてやって来て、わたしたちの前に置いた。そのとき、隣にいた男性が中国語でなにやら話しかけてきた。どうやら、女が足のマッサージをしてもらうとはけしからんというようなことを言っているようだった。わたしの前にいた女の子が教えてくれたのだ。でも、わたしにはどうでもいいことだった。ブレラからニコリノさんのアパート、そして、チャイナタウンまでずっと歩いてきて、くたびれていたからだ。疲れをほぐしてもらえればそれでよかった。ミラノの日中の喧騒はどうしても好きになれないが、夜のチャイナタウンは悪くはなかった。