買出しから帰ってみると、朝つけておいた囲炉裏の火はもうしっかりと据わっていた。机の上には、長いあいだ読んでいない本が山積みになっている。そのなかから一冊取り出して、ときどきうとうとしながら目を通していると、だれかに名まえを呼ばれたような気がした。空耳のようでもあった。すると、今度はコンコンと窓を叩く音がした。外をのぞいてみると、そこにカンタロウおじさんが立っていた。
「やあ、マリオちゃん。近くまで来たから寄ったんだけど、車があったからいるのだろうと思って」
「どうぞ、どうぞ。お茶でも淹れるわね」
カンタロウおじさんは隣町に住んでいた。長年の会社勤めを辞めて、いまではじぶんで作った紙芝居をいろんなところで演じている。ときどきこの町に来るのは、紙芝居の舞台や拍子木作りに使う材木を調達するためだった。囲炉裏の前の座布団に腰を下ろすと、カンタロウおじさんは、鉄瓶をのぞき込んだ。お湯はもう沸いていた。
「おばさんの具合はどう?」
「ああ、元気にしてるよ」
二年前から寝たきりになってしまったおばさんの介護のためにも、おじさんは会社を辞めたのだった。そして、そんなおばさんに手作りの紙芝居を聞かせてあげるのが、カンタロウおじさんの日課であり、楽しみでもあった。
「紙芝居をしているときがいちばん嬉しそうかな」
カンタロウおじさんは、照れくさそうにそう言った。その日は、わたしも、聞いてもらいたいことが山のようにあった。コロニアで出会った絵のこと、チェリモンターナのジャズフェスとミンモのお見舞い、そして、ヴァイオリンのこと。
「そういえば、アルゼンチンで素敵な話を聞いたわ」
それは、サルヴァメ・マリア(マリアよ我を救いたまえ)という一風変わった名まえのカフェでのことだった。遊び半分で占い師にみてもらったそのすぐ後で、わたしは、ミミとサルタ出身の友だちと三人でそのカフェに行ったのだが、そのとき話題にのぼったヴァイオリンの話というのがとても印象に残っていた。
「そのお友だちというのが、アルゼンチン北部の民族音楽家一族の生まれでね、お爺さんの代まではみんなヴァイオリンが弾けたらしいの。それで、晩ご飯が終わると、家族そろって外に出て、星空の下でヴァイオリンの練習をしたそうよ」
「おばさんの具合はどう?」
「ああ、元気にしてるよ」
二年前から寝たきりになってしまったおばさんの介護のためにも、おじさんは会社を辞めたのだった。そして、そんなおばさんに手作りの紙芝居を聞かせてあげるのが、カンタロウおじさんの日課であり、楽しみでもあった。
「紙芝居をしているときがいちばん嬉しそうかな」
カンタロウおじさんは、照れくさそうにそう言った。その日は、わたしも、聞いてもらいたいことが山のようにあった。コロニアで出会った絵のこと、チェリモンターナのジャズフェスとミンモのお見舞い、そして、ヴァイオリンのこと。
「そういえば、アルゼンチンで素敵な話を聞いたわ」
「そのお友だちというのが、アルゼンチン北部の民族音楽家一族の生まれでね、お爺さんの代まではみんなヴァイオリンが弾けたらしいの。それで、晩ご飯が終わると、家族そろって外に出て、星空の下でヴァイオリンの練習をしたそうよ」
「でもね、ヴァイオリンの音があんまり響くと、ときどき本当に怖くなるって、そのひと言うのよ」
すると、カンタロウおじさんはこんなことを言った。
「ヴァイオリンにもアルマ(魂)があるんだよ。知っていたかい?」
「アルマ?」
「細くて小さなつっかい棒のようなものでね、表板から裏板へ振動を伝えるたいせつな役目があるんだ。それがないとヴァイオリンは楽器として働かないんだよ。でも、いったいだれが、魂なんていう名まえをつけたのだろうね」
「ダ・ヴィンチ?・・・だったりして」
わたしは、思わずその名を口にした。
「いやいや、本当にそうかも知れないよ。確か、魂は肉体に生きることを望んでいる、肢体がなければ動くことも感じることもできないって言ったのは、ダ・ヴィンチだからね」
そんな話をしていると、星空の下でヴァイオリンを奏でるお爺さんの姿が思い浮かんだ。
「山にヴァイオリンが響きわたると、空からなにかが降りてきて、そのままお爺さんはどこかへ連れていかれてしまいましたとさ」
「そうか。宇宙人は、ウィトウィルス人体図のことはすでに知っていたけれど、ヴァイオリンもそれと同じだってわかったんだわ」
カンタロウおじさんとわたしの空想は、どんどん広がっていった。
「ヴァイオリンなら、紙芝居にもひとついい話があるよ。『やぎじいさんのヴァイオリン』っていうんだけどね」
そこで、カンタロウおじさんは、臨場感たっぷりの紙芝居調で、その話を聞かせてくれた。
「森で、やぎじいさんは道に迷ってしまったのです・・・そして、オオカミの家に迷い込んでしまいました・・・・このままでは食べられてしまいます・・・さあ、どうしましょう・・・そうだ、ヴァイオリンを弾いてみよう・・・・その音色を聞いたオオカミは、このやぎじいさんを食べるのが怖くなってしまいました・・・・」
カンタロウおじさんと話していると、いつも時間があっというまに過ぎてしまった。いくらでも、話題にこと欠かないひとなのだ。そして、そんなカンタロウおじさんは、身寄りのないわたしにとっては父親代わりのようでもあった。
「ちゃんと鏡は磨いているのかい?」
わたしが少しでも曇った顔を見せると、カンタロウおじさんは、こんな風に声をかけてくれた。曇っているのはじぶんじゃなくて鏡なんだよ、と。そして、絵を描くときは太く、はっきりと輪郭を描くのがいい。いびつに曲がっていても、ぜんぜん構わない、たいせつなのは、どんな曲線が書きたいのか、ちゃんと知っていることだ。そう言っていつも指導しながら、絵を描く楽しさを教えてくれたのも、カンタロウおじさんだった。