高速を下りてしばらくいくと、街灯もなくなり、月明かりでもなければなにも見えないほどだったが、道路のわきに川が流れているのがなんとなくわかった。今日は満月なのだろうか。これから昇ってくる月が稜線を照らしはじめていた。そして、川岸のあたりには小さな青白い光がいくつも動いて見える。蛍だ。数十匹もいるだろうか。その先の道路は、アスファルト敷きから砂利道に変っていた。
ひと里離れたところにあるこの家は、祖父が残してくれたものだった。祖父は、人形浄瑠璃の語りをしていた。わたしが学校にあがるまで親代わりだったが、その祖父も、交通事故で亡くなってしまった。家の敷地のまわりには石塀も門も造られておらず、その代わりに糸杉が植えてある。冬は冷たい風を遮り、夏は陽射しから守ってくれる。庭先に車を停めてエンジンを切ると、もう、もの音一つ聞こえてこなかった。ときおり遠くに山鳥の啼き声がするくらいだ。車から降りて身体を伸ばし、深呼吸すると、凛とした空気が肺のなかに入ってきた。ここは、夏でも暖をとらなければならないほど夜が冷え込むこともある。今夜は薪をくべた方がいいかも知れない。そんなことを考えながら厚い扉を開けると、家のなかからはかび臭いにおいがした。
わたしは、しばらくベッドに横になったまま、ぼんやりと薄暗い部屋の天井を眺めていた。カーテンの隙間からは、鈍い光が差し込んでいる。家のなかのなにもかもが冷えきっているようで、なかなか起きだす気になれなかったが、時計の針はすでに11時を回っていた。ようやく起きあがってスリッパに足を突っ込むと、スリッパも湿気ていた。わたしは、床に積んであった新聞を丸め、マッチで火をつけて囲炉裏の薪の下の方に押し込んだ。